6AKA! (ロクアカ)

茅場町で働く社長のブログ

11月27日(木) 近江商人が優れている理由

朝起きたら外は霧。

今日は朝トレさすがにおやすみだ。
たっぷりと寝た!もう1ヶ月以上眠剤ストップしている。

母送迎。

帰りに東山方面を見ると、、まだ霧の中という感じだ。そてにしても見事な晴天。

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迎えに行く。胸が痛いという。。

帰りスシロー。母は14カン食べた。すごい食欲だ。
これも一種の痴呆なのかと疑ってしまうほどだ。
私はシャリを4分の1ほどしか食べないので無限に食べられるが流石にお腹がかなり一杯。やっぱ、食べさせすぎも良くないのかも。

結局この日、母は夕食を食べず。

腹八分目だな。。

愛知のSさんとズーム。その後、17時からブーストアップセミナー。

夜はピアノ練習。久しぶりにショパンノクターン1番を解凍。この曲は何度も解凍しているので1日あればかなり復活。まあノクターンの中でも2番と同じくらい簡単な曲ではあるが・・・

近江商人の解説本を読む。
人々の移動が難しかった江戸期、滋賀県近江地方は天領や旗本領、あるいは飛び地が多く、さらに東海道、中山道、北陸道が交わる交通の要衝であったから商人らは京都、江戸、さらには東北、南は九州、そして琵琶湖を渡って北前船で北海道松前藩のほうまで足を伸ばし、情報ネットワークを築いたのだ。

近江産の商品を運び、帰りも帰り荷を積んで返ってくる。つまり行きと帰り両方で利ざやを稼ぐ「のこぎり商法」。

しかも行く先々で彼らは店を作り土着。よそ者だからと嫌われないように、橋を作るなど社会貢献もする。だから富商だからと一揆の対象にはならなかったのだ。

その精神が伊藤忠、丸紅の伊東忠右衛門、あるいは西川ふとん、ワコールの塚本幸一らに脈々と受け繋がれてきたわけだ。