朝トレ
母送迎無しでゆっくり目のスタート。
福島江

長興寺で墓参りをしたあと、新町(あらまち)方面へ。
引き寄せられるように、信濃川と柿川の水門から信濃川土手コースを思い出す。
途中、金峯(きんぷ)神社の巨大鳥居が見える。
この鳥居は知っていたがまだ本殿をみてないことを思い出し・・はいっていく。
本殿までのアプローチ、かなり長い。両脇には民家も。
さらに一般道が途中を横切る。

文字通り商売の神様らしい。。ここはもっと早くから来てるべきであった。
金峯神社(きんぷじんじゃ)は新潟県長岡市に鎮座する神社である。旧社格は県社で明治時代まで蔵王権現という。近辺では「蔵王さま」と呼ばれている。廃仏毀釈までの別当寺は安禅寺(金峰山静観院)。
現在の社殿は大正2年に建立されたもののようだ。
御神木の蔵王の大欅(おおけやき) 樹齢800年
ん、なんぞやお堀が見える・・・ん?
これも初耳 蔵王堂城 の跡なのだそうだ。
戦国時代のゴタゴタの後、
堀直寄が蔵王堂城主として戻り、蔵王堂藩が復活する。
堀直寄は以前の統治時代に開始し転封により中断していた長岡城建築を進め、長岡城完成と共に移動した為に蔵王堂城は廃城となり、蔵王堂藩は長岡藩へと移行する。
長岡移転は蔵王堂城が信濃川のすぐ脇にあった為、水害により城の一部が侵食される程の被害を度々受け、城の維持が難しかった為である。
堀 直寄(ほり なおより)は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将、大名。越後坂戸藩、信濃飯山藩、越後長岡藩、越後村上藩主。堀直政の次男(または三男)


朝トレが歴史散歩と化している。
いずれにせよ長岡藩の前進が蔵王堂藩であり、その蔵王堂城という城がこんな場所にあったなんて、市民の何%が知ってるのだろうか・・・
蔵王の水門
11時から広島の人とZOOM。
風呂の脱衣所、洗面台の蛍光灯がちらちらしてきたので交換。
冷たい雨が降る中、ワークマンで手袋ゲット。安い白手袋だ。
となりの「青島ラーメン曙町店」はガラガラだった。
その先の妙な電器ショップで蛍光灯を購入。
夜はSチャンの動画編集をほぼ終える!!