6AKA! (ロクアカ)

茅場町で働く社長のブログ

7月22日(火)丸亀の旨塩だしうどん、田舎の朝飯(笑)

5時出発
長岡大橋から大手大橋方面を見る

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快晴、大手大橋から長岡大橋方面
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田舎の朝飯(冷や飯)
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母送迎
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迎えにいった帰り、丸亀
海苔旨塩だしうどん、これはうまいわ  とかき揚げ
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Dチャンの新バージョンのデモ作成
ちょっといまいち。。台本は短く切るべき。。
SUNOもまだ学びが足りん・・・



学び 半藤一利の戦争についての音声

嘘に包まれた勝利の果て──「バスに乗り遅れるな」が導いた破局

数え年から満年齢へ──時代の境目

日本では1929年(昭和4年)まで年齢の数え方は「数え年」が主流だった。正月が来るたびにひとつ年を取る仕組みであるため、年末に生まれた子どもは、わずか数日で「2歳」になることもあった。戸籍の届出も、年末に急いで出さず、年明けまで待った方が、実質的に「若く見える」計算となる。昭和初期、年齢の数え方が「満年齢」へと徐々に移行し、社会の感覚も変わっていく。

世界の大波に呑まれて──ABCD包囲網と孤立感

昭和に入ると、世界経済は大恐慌の嵐に襲われ、各国が保護貿易政策を強める中、日本は資源や市場の確保に追い込まれていく。そんな中で登場したのが、「ABCD包囲網」という言葉である。アメリカ(A)、イギリス(B)、中国(C)、オランダ(D)による経済的圧力と軍事的警戒網が、日本を締め上げるという構図だ。

この時期、日本国内でしきりに叫ばれたのが「バスに乗り遅れるな」というスローガンだった。欧米列強がアジアに植民地帝国を築いている中、日本も“帝国としての座席”を確保せねばならないという焦りが、国全体を駆り立てていった。

近衛文麿の夢と、若槻禮次郎の警鐘

昭和13年、近衛文麿内閣は「東亜新秩序」構想を打ち出す。これは中国を含む東アジアを、日本の主導でひとつの経済・文化圏にまとめようという壮大なプランであった。大東亜共栄圏の萌芽ともいえる思想だが、その背後には「力による秩序構築」が前提として横たわっていた。

一方で、元首相の若槻禮次郎は「理想のために国を滅ぼしてはならぬ」と苦言を呈していた。現実を無視し、理念を追い求めるあまり、国家の存続を危うくすることへの警鐘である。だが、この声は、次第に軍部の影にかき消されていく。

原油禁輸へ──南部仏印進駐の代償

昭和16年、近衛内閣はフランス領インドシナ南部への進駐を決定。これにより、アメリカとの関係は決定的に悪化する。すでに日中戦争を続けていた日本にとって、さらなる南進は「生命線」であった。しかし、これに対するアメリカの反応は厳しく、対日原油の全面禁輸に踏み切る。

これは、当時の日本にとって致命的な打撃だった。石油の備蓄は1年半分もなく、時間が経てば経つほど国力は衰える。アメリカとの外交交渉が続く中、フランクリン・ルーズベルト大統領の下で国務長官コーデル・ハルは、11月26日、日本に「ハル・ノート」と呼ばれる最終回答を提示する。

その中身は厳しいものであった。満州からの撤退、日独伊三国同盟の破棄、支那事変の終了など、日本が戦ってきた“成果”をすべて否定する内容だった。これを受けた東條英機内閣では、「もしこの条件を飲むなら、1937年以前に戻れということだ。これまでの努力は水泡に帰す」として、受け入れを拒絶する。

勝利に酔いしれて──ミッドウェーまでの快進撃

開戦は避けられないと判断した日本は、1941年12月8日、「ニイタカヤマノボレ1208」の暗号命令の下、真珠湾攻撃を実行。日本の連戦連勝が始まる。マレー半島、香港、フィリピン、ジャワ、ビルマ──破竹の進軍であった。

この時期、日本の国民は戦争の勝利に酔いしれた。各地で戦勝記念行事が行われ、戦果が誇らしげに伝えられた。戦況を伝える「大本営発表」は、日本軍の圧倒的な強さを毎日のように報道した。

ミッドウェーの衝撃──敗北の隠蔽

だが、1942年6月のミッドウェー海戦で、戦局は一変する。日本は主力空母4隻と多くの熟練搭乗員を失うという致命的な打撃を受けた。しかし、この大敗は国民には知らされなかった。大本営は「我が方の損害は軽微なり」と発表し、真実を隠した。

この隠蔽は、日本の戦時報道の転換点となった。それ以降、「大本営発表」は「嘘の代名詞」として国民の間に定着していく。

敗北の兆しはあっても、それを認めることなく、「勝っている」と言い続ける体制がここに始まる。こうした情報統制の中で、国民は知らぬままに敗戦への道を歩まされていくこととなる。