6AKA! (ロクアカ)

茅場町で働く社長のブログ

5月28日(水)根府川駅という無人駅の悲劇、五十六カレー

全ての条件が揃う最高のタイミングというのはもう遅い。
最高のタイミングは自分でえいやって作るもの。

根府川駅列車転落事故は関東大震災1923年に起きた。112人が死亡。
この根府川駅は1922年に完成(2002年から無人駅)。小田原から2駅目。
断崖絶壁の駅で震災時崩落した。蒸気機関車とともに。
駅舎はまだ海の中に。車両は大宮の鉄道博物館にある。

根府川駅列車転落事故 - Wikipedia


この列車転落事故による死者及び行方不明者のうち、発見された遺体はわずか5体にすぎなかった


[5]。大正関東地震が原因となって引き起こされた列車事故のうち、最悪の被害を出した事故である[6]。



スルガ銀行頭取の娘が命を落とした。
慰霊碑を建立した岡野喜太郎(1864年5月9日 - 1965年6月6日)は静岡県鷹根村青野出身の実業家で、根方銀行(後のスルガ銀行)などの創業者であった。岡野は沼津の自宅から国府津経由で湯河原温泉に湯治に向かった病み上がりの三女と付き添いの妻をこの事故で一度に失っていた。2人の遭難が確実になると、岡野の長男は消防団の協力を得て3頭の馬に食料を積んで湯河原まで出て捜索を行った。三女の遺体は真鶴の海岸で見つかり、妻の遺体も事故現場近くで発見されて、9月23日に鷹根村青野の妙泉寺で供養が執り行われた。

茨木のり子「根府川の海」…青春の回想詩

根府川の海

根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たっぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまっさおな海がひろがっていた

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人ここを通ったことがあった

溢れるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケットに
ゆられていったこともある

燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かったふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在った



稽古町、昔は中華食堂珍萬、寿司のかくと、豆腐屋、菓子屋があった・・・
クラスター状のローカルコミュニティが市内のところどころにありそこで全てが完結していたのだ。

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長岡大橋東詰め
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刈羽黒姫山 一番右端に米山
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雲 巨大なカーブを描く。

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ヒナギク、ハルジオン、ハルガヤと長生橋
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コバンソウ、よくみると気持ち悪い
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夜は五十六カレー
海軍のカレー。この兵士らが復員して日本中の家庭にカレーを伝えた。
金曜日はカレーの日という習慣も。
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